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東京高等裁判所 昭和52年(う)1809号 判決 1977年11月30日

被告人 西崎将博

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人名城潔作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官水原敏博作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一、控訴趣意第一法令適用の誤りがある旨の論旨について

1、所論は、覚せい剤取締法四一条の六及び関税法一一八条一項により没収することができる覚せい剤は、犯人がこれを所有し、又は所持している場合に限られるべきところ、被告人は原判決主文掲記の覚せい剤(以下本件覚せい剤という)を本邦内に持ち込んだ直後に、區良耀にこれを引渡しており、所持していなかつたのであるから、右法条によりこれを被告人から没収することができないにも拘らず、同法条を適用して被告人からこれを没収した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討してみるのに、本件覚せい剤は、被告人が阮治邦、區良耀、高俊華、蒋恒茂と共謀のうえ、営利の目的で原判示第一、第二のごとく本邦内に持ち込み、かつ税関長の許可を受けることなく密輸入した覚せい剤約二・九三七グラムの一部であることが認められる。ところで覚せい剤取締法四一条の六、関税法一一八条一項の犯人には、輸入者(覚せい剤取締法違反について)または密輸入者(関税法違反について)のみならず、これと共犯関係にある者も含み、その共犯者は輸入者また密輸入者と同時に審理を受けていると否とを問わないと解すべきであるから、被告人と共同正犯の関係にある區良耀の所持する本件覚せい剤が被告人の関係においても右各法条による没収の対象となることは明らかである。右各法条を適用し被告人に対し本件覚せい剤を没収する旨の言い渡しをなした原審の措置には所論のごとき違法はない。論旨は理由がない。

2、所論は、本件覚せい剤約九三六・九七六グラムは第三者の所有に属する物であり、しかも一グラム当りの価格が一、〇〇〇円であつて、その総額は約九三万六九七六円となるから、検察官がこれを没収する必要を認めたときは刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法(以下応急措置法という。)二条二項により、同条一項所定の事項を官報及び新聞紙に掲載し、かつ、検察庁の掲示場に掲示して公告しなければならない。ところが検察官は右覚せい剤の価格は五、〇〇〇円に満たないとして同項但書を適用し、右所定事項を検察庁の掲示場に掲示公告をしただけである。かかる処置は、右応急措置法二条二項本文所定の手続を欠き違法であるから、本件覚せい剤の没収は許されないのにも拘らず、これを没収した原審の措置には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで記録を調査して検討するに、東京地方検察庁検察官は本件覚せい剤の没収を必要と認めたが、右覚せい剤が被告人以外の者(以下第三者という)の所有に属する物であるため、応急措置法による告知手続をとることとしたこと、同検察官は右第三者の所在がわからず、しかも本件覚せい剤はその価格が五、〇〇〇円に満たないことが明らかであると認めたので、同法二条二項但書を適用し第三者所有物の没収に関する公告書に同条一項所定の事項を記載してこれを同庁掲示場に掲示公告したことが認められる。

ところで、原判決は、原判示第二の罪にかかる覚せい剤のうち他に譲渡されるなどしたため没収することができなくなつた約二キログラム(追徴の関係で特定した数量は右の九割にあたる一・八キログラムと算定評価した)については一グラム当りの価格を一、〇〇〇円と評価し、その総額一八〇万円を被告人から追徴している一方、本件覚せい剤については、約九三六・九七六グラムもの量であるのにその価格が五、〇〇〇円に満たないことが明らかであるとした検察官の前記措置を是認して被告人から、これを没収している。

もとより、追徴の関係と没収の関係とで覚せい剤の価格の評価を別異にすべき合理的な理由は見い出し得ないけれども、応急措置法二条二項但書にいう価額が五、〇〇〇円に満たないことが明らかかどうかの判断は検察官の健全な常識に委ねられていると解すべきものであること、本件覚せい剤は、被告人が香港における覚せい剤密輸グループの長と目される阮治邦や區良耀らと共謀のうえ営利の目的を持つて本邦内に密輸入したものであり、その事案の性質上適法な所持人の所持にかかるものであるという場合は極めてまれであること、応急措置法一三条は、自己の責めに帰することのできない理由によつて参加の手続をとることのできなかつた第三者に対し事後救済の道を開いており、同条の「自己の責に帰することのできない理由」によるものか否かの判断をするに際しては、公告の方法も重要な考慮事項の一つになり得ると解すべきであることを併せ考えると、原判示事実関係のもとにおいては検察官が本件覚せい剤の価額を五、〇〇〇円に満たないものとして前記のような簡易な公告の方法をとつたからといつて、これをもつてその物の所有者の権利を不当に侵害したことにはならないというべきであり、かかる検察官の公告方法を違法なものというべきではない。原裁判所が右検察官の公告手続を是認して、被告人に対し前記没収の言い渡しをしたことに所論の違法はない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二量刑が不当である旨の論旨について。

所論は被告人を懲役九年に処した原判決の量刑は重過ぎるというのである。

そこで所論に徴し、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討するに、本件は、被告人が阮治邦を首領とするいわゆる香港ルートによる覚せい剤密輸グループに運び屋として加わり、一キログラム当り四〇万円の報酬を受ける約束のもとに、同人らと共謀のうえ、自ら搬送用の旅行カバンの蓋を二重に加工するなどし、これに、約二・九キログラム余にのぼる多量の覚せい剤を隠匿して香港から空路本邦内に搬入した事案である。

以上のような本件犯行の態様や犯行の経緯、結果、罪質等、特に、原判決も指摘するごとく、被告人が密輸入した覚せい剤のうち約二キログラムはすでに他に処分され、国内に流出している事情などを総合して考えると原判決が量刑の理由として、犯情が極めて重いと説示するところは、もつともであつて、被告人が本件の非を深く反省し、盲人のため自己の眼球を役立たせるべく、アイ・バンクにこれを登録し、また自己の腎臓を死後役立たせようとその提供方を申出ていること、被告人には、何らの前科前歴のないこと、その他所論指摘の被告人にとつて酌むべきすべての事情を十分斟酌しても、いまだ原判決の量刑が重きに過ぎ不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

三、結論

以上によれば本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、これを棄却することとし、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎四郎 森眞樹 中野久利)

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